プロセス製造におけるデジタルツインとは
1つ前のブログ記事では、現代の専門用語あるいは業界用語が混乱を生み出す場合があることについて説明しました。混乱を生み出す可能性がある一般的なプロセス業界用語の例の1つとして、製造におけるデジタルトランスフォーメーションの概念である「デジタルツイン」が挙げられます。顧客が求めており、ベンダーは宣伝しているデジタルツインですが、それは正確には何なのでしょうか? まず、Wikipediaの定義を見てみましょう。
「デジタルツインとは、利用可能な最良の物理モデル、センサーからの更新データ、フリートの履歴などを使用して、実機やシステムのライフサイクルを推定して表示する、統合されたマルチフィジックス、マルチスケール、確率論的シミュレーションです。」
「デジタルツインとは、物理的なデバイスのリアルタイムで作成されたデジタル複製物です。」
定義によると、実際のアセットのリアルタイムデータを表示するHMIグラフィック画面から、アセットに関するリアルタイムの仮定シナリオを可能にする最初の原理のシミュレーションモデルまで、さまざまなものがデジタルツインになり得ます。
最初の例は、どこにでも存在し、短時間で完成し、コストパフォーマンスが高いものです。これに対し、2つ目の例は、高度に特化されており、実装に膨大な労力を必要とします。
無数の可能性を秘めたデジタルツイン技術を持って、製造プロセス部門でのデジタルツインソリューションを定義するには、集中的なアプローチが必要です。一般化された製造においては、デジタルツインは単なる物理システムがミラー化されたものかもしれません。生産プロセスでは、デジタルツインを精巧に設計することにより、複雑な化学プロセスや物理プロセスをモデル化することができます。
このようなモデルは、単に物理アセットを複製するだけでなく、異なるプロセス変数間の相互作用をリアルタイムでシミュレーションすることもできます。この能力により、化学、石油とガス、製薬などの業界で、重要なプロセスをより深く理解し、最適化することが可能になります。
したがって、選択する具体的なデジタルツインソリューションは、その運用の独自の課題と目的に直接対応するものでなくてはなりません。これにより、確実に効率が最大化される方法で技術を適用することができます。予測的メンテナンス(予知保全)を強化できるだけでなく、生産パフォーマンス全体を最適化できるのです。
デジタルツインを1つの万能ソリューションと見るのではなく、「当社にとってのデジタルツインニーズは何だろうか」という問いを自問しましょう。これは、技術に問題を定義させず、問題に技術を定義させるという古典的な実例です。
プロセス産業にデジタルツインを取り込む手順
プロセス製造においても、より幅広いプロセス産業においても、多くのシナリオで、最終的な目標は、プラントオペレーターとその問題の専門家に包括的なデジタル情報を装備させることです。こういった人達がアセットについて知れば知るほど、トラブルシューティングや運用上の最適化が強化されます。
ステップ1: データ収集とストレージ
デジタルツインによる運用最適化の最初のステップでは、データを評価します。その施設のデータ収集とストレージの実際を知ることが肝要です。プラントに堅牢なデータヒストリアンが備わっていることが、必要不可欠です。重要なすべてのセンサーからデータを取得し、安全に保存することができるデータヒストリアンです。この基盤となるタスクが、デジタルインフラストラクチャ全体を下支えするものであり、これは製造産業のプラントにもプロセス産業のプラントにも極めて重要です。

リアルタイムデータを表示するマルチトレンドディスプレイは、データ収集とストレージがあって初めて可能になります。この可視化が、経時的にパフォーマンスを追跡するのに役立ち、正確なデジタルツインを構築する最初の段階としての役割を果たします。
- 包括的なデータキャプチャ: データヒストリアンは、すべての関連データポイントをただ取り込むだけでなく、高い忠実度と精度を持って取り込むことができなくてはなりません。これには、温度センサーや圧力計、流量計、化学分析装置、その他からの連続的なデータストリームが含まれます。各センサーの出力が、リアルタイムで正確に記録される必要があります。そうして初めて、それ以降に行う信頼性の高い包括的なデータセットに基づいた分析が可能になるのです。
- 拡張性とアクセシビリティ: データストレージソリューションは、新しいセンサーが追加されたり、データポイントが統合されたりして、年月の経過とともに増えていくデータ量に対応できる拡張性を備えていなくてはなりません。また、分析のために履歴データに簡単にアクセスできるようにもなっている必要があります。オペレーターやエンジニアが過去のパフォーマンスデータを素早く取り出して分析することができれば、パターンやトレンド、異常が突き止められます。
- 統合機能: データヒストリアンが効果的であるには、ERPシステム、メンテナンス管理システム、高度な分析プラットフォームなどの他のオペレーティングシステムとシームレスに統合できる必要があります。この統合機能により、運用データの全体像の管理が可能になります。 さまざまなソースから取得したデータを相互に関連付け、包括的に分析することができるのです。
効率的で安全なデータヒストリアンで、重要なすべてのセンサーから確実にデータを収集し、適切に保存することによって、高度なデジタルツイン技術を活用するためのしっかりした基盤を構築できます。これにより、リアルタイムの監視と制御が強化されます。また、プラントの予測的メンテナンスと運用上の最適化も大幅に向上します。
ステップ2: データの文脈化
ステップ1で、包括的なデータ収集システムがプラントにうまく構築されました。製造デジタルツインをセットアップするための次の課題は、このデータの効果的な文脈化にあります。文脈化は、単なるデータの体系化に留まりません。生のデータを実際に使用できる知的な情報に変換する必要があります。このプロセスには、複数の重要なステップが関与しますが、そのそれぞれが運用上の意思決定のためにデータのアクセシビリティと関連性を強化するよう設計されます。

プロセス図では、どのようにデータが文脈化されて、どのように複雑な運用状況が明確な視覚情報として表わされているかが示されます。リアルタイムデータを統合してプロセスの視覚的な情報にすることにより、オペレーターは、パフォーマンスをより深く理解して、十分な情報に基づく意思決定を行えるようになります。
- アセット専用の体系化: 文脈化の最初のステップは、具体的なアセットに従ったデータの分類です。これがデジタルツインの作成に必要です。データをそのアセット固有のものにする必要があります。つまり、特定のマシンなり、生産ラインなり、システムなりに関連するすべてのデータポイントをまとめてグループ化するのです。この体系化により、各アセットのパフォーマンスやメンテナンスの必要性、運用効率の監視と分析がやりやすくなります。
- データの絞り込みと集計: 体系化できたら、そのデータを絞り込んだり集計したりして、ノイズを除去し、重要なトレンドを強調する必要があります。データの処理には、分析を歪める可能性のある外れ値の破棄などがあります。一方、集計では、毎時データを集約して1日の平均を求めたり、日ごとの推移を求めたりします。このプロセスは、収集した膨大なデータを抽出して管理可能な意味のある形態にするうえで極めて重要です。
- アクセシビリティの強化: 文脈化の次に取り上げる側面は、データを仮想環境内で簡単にアクセスできるようにすることです。取り込んだデータがサイロ化されていたのでは、リアルタイムに可視化できることの有用性が無駄になってしまいます。これには、オペレーターやエンジニア、管理者が、自分の役割とニーズに基づいて素早くデータを取り出し、解釈できるような使いやすいユーザーインターフェースの導入も含まれます。ダッシュボードや対話型のグラフなどの効果的な可視化ツールがあると、工場のフロアやアセットのデジタル表現を作成するのに役立ちます。
- 意味のある統合: 個々のデータポイントを超えた文脈化には、運用の全体像を得るためのシステム全体に渡るデータの統合も含まれます。これは、品質管理のための測定値や関連メンテナンス記録を備えた生産出力データの設備パフォーマンス測定基準とのリンクを意味する場合もあります。運用がさまざまなプロセスパラメータの相互作用を正確に理解することに大きく依存しているようなプロセス設定では、このような統合が極めて重要になります。
効果的にデータを文脈化することにより、プラントはその豊富な情報を単に保存しておくだけに留めるのではなく、積極的に活用し、意思決定と運用効率を向上させることができるようになります。さまざまな変数の相互依存性が複雑で、誤差による代償が大きいプロセス設定では、文脈化された正確なデータを素早く解釈して対処に繋げることができる価値は計り知れません。
ステップ3: 追加デジタルデータの統合
スマートマニュファクチュアリングでは、リアルタイムのセンサーデータによって即座に分析結果が更新されるだけでなく、膨大な「デジタルデータ」の蓄積を活用できます。この実世界のデータが活かされると、運用能力を大幅に増加させることができます。プロセス産業の製造部門および公益事業部門は、大きな恩恵を受けることができます。これには、リアルタイムデータの解釈を補強するものとして、オフラインデータソースと履歴データソースも含まれます。

概要グラフィックでは、統合プロセスとラボデータを1つの画面で同時に見ることができます。これにより、運用効率の全体像が得られ、エネルギー管理と環境両方のコンプライアンスのためのリアルタイム監視と意思決定が可能になります。
- オフラインデータを統合する: ラボ情報管理システム(LIMS)のようなシステムは、ラボの管理および製品品質の検証と業界標準へのコンプライアンスにとって重要な品質データの管理において、中心的な役割を果たします。このようなシステムは、大量のデータをさまざまなテストおよびプロセスから収集して保存します。こうして得られる詳細な履歴レコードを分析すれば、トレンドや異常、改善すべき分野を突き止めることができます。たとえば、LIMSデータと生産データの関連を調べれば、品質関連の問題の根本原因を突き止めるのに役立ちます。これにより、運用を合理化し、製品の一貫性を強化することができます。
- デジタルコンテンツを物理アセットにリンクする: これらのデジタルツインおよびデータと物理アセットの高度なプラットフォームを通じて行う統合は、よりまとまりのある運用戦略を可能にします。たとえば、マシンでメンテナンスニーズに対するアラートが発生したら、関連するSOPをシステムが自動的に提案するようにしたりできます。あるいは、メンテナンスの履歴レコードに踏み込めば、適切な情報に基づいたより迅速な意思決定が促進されます。加えて、データ分析を通じて判明した特定の運用課題に合わせてトレーニング資料をカスタマイズして、継続的な学習と向上をサポートしたりできます。
プロセス産業の製造メーカーは、利用可能なデジタルデータをすべてあますところなく活用することによって自社の運用を変革し、経費を削減し、時間を節約することができます。このアプローチにより、日々の効率と有効性が大幅に向上します。また、継続的な向上と革新の文化も育まれ、究極的には持続するオペレーショナルエクセレンスにつながります。
プラントは、以上のステップに従うことにより、製造デジタルツインを通じてアセット管理を向上させることができます。そして、運用効率と有効性を大きく進歩させ続けることができます。
プロセス産業でのデジタルツインの例
当社がご協力してきた製紙業のお客様は、自社のユニット運用に特定分野の一元化された専門家を有効活用しています。
木くずを最終的な製品にするには、異なる複数の複雑なプロセスが必要です。これらそれぞれの専門家を各サイトに置くことは、実現可能ではありません。蒸発プロセスがよい例です。エネルギーを大量消費するプロセスであり、多くのロケーションで生産のボトルネックとなっています。
このお客様は、確実に成功させるために、各蒸発器に必要な情報のモデルを作成しました。この例では、ヒストリアンおよびラボ品質のデータのいつも問題となるものがアセット構造で体系化された形で情報に含まれています。また、各拠点でSMEによって一元的に使用される、以下のような各拠点のコンテンツの共通セットも含まれています。
- 高性能プロセスグラフィック
- 詳細トレンド概要
- 運転範囲
- 自動通知
特に価値が高いのは、高性能プロセスグラフィックでした。これは、各サイトを正確に表現したもので、プロセスフロー図、オペレーターディスプレイ、およびP&IDを使用して構築されています。この詳細な表現により、リモートのSMEがオンサイトの運用チームおよびメンテナンスチームと効果的にコミュニケーションを取ることが可能になります。

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多くの事例で、このグラフィックは、通常であれば10~12台のDCS画面に表示される情報を含んでおり、4Kモニターで最適に表示されます。適切なデータ分析ツールと、この「デジタルツイン」にアクセスできることが組み合わさって、うまくリモート監視することに成功しました。同社は、費用をかけて何かを廃棄したり交換したりすることなく、既存のインフラストラクチャを有効活用することができました。多種多様なシステム(ヒストリアンおよびラボ/品質のための複数のベンダー)を抱える同社にとって、これは非常に重要な点でした。

4Kモニターで複数のDCS画面を置き換えた包括的な概要ディスプレイ。これがデジタルツインの大きな利点であり、これによって運用可視性が向上します。オペレーターは、多数のプロセスを同時に監視し、リアルタイムデータに基づいて十分な情報に裏付けられた意思決定を行うことができます。
1つ例を挙げると、バックエンドで汚染物質が凝縮していました。1つのトレンドディスプレイにすべてが入っている包括性のため、オペレーターは、バックエンドで汚染が発生しているとき、フロントエンドで発生した変化をプロットしていました。
オペレーターは、問題に関連する何かを見つけましたが、理由はわかりませんでした。オペレーターのトレーニングセッションで、これに関する議論が持ち上がりました。包括性があり、すべてが1つのグラフィックディスプレイに入っていたため、その環境のバックエンドで問題が発生したときにフロントエンドで変化がオペレーターの目に留まった理由が簡単に実証できました。
いったんその相互作用がわかったら、問題を修正する方法も直ちにわかりました。そして、その修正にはアセットをシャットダウンする必要がありました。これはそのクラスについて参加していた全員にとって素晴らしいトレーニング演習であり、人と「デジタルツイン」が組み合わさって迅速に問題が解決されました。
古い知識とプロセスを中継するデジタルツイン
当社にますます求められるようになっているもう1つの分野として、従業員の持つ知識を取り込むデジタルツールがあります。課題は、退職者や、従業員の異動、その他のやむを得ない理由によって生じる、いわゆる「頭脳流出」です。
経験豊かなオペレーターや特定分野の専門家の知識をプラントで働く全員に効率的に伝えることができれば、素晴らしい価値が得られます。これは、新入社員のトレーニングをより迅速に行う形で実現する場合もあれば、休暇を楽しんでいるオンコール対応のSME(専門家)への問い合わせが減るという形で実現する場合もあります。
少なくとも、従業員にとっては喜ばしいことですし、最終的なシナリオでは、従業員にまったくしわ寄せがないまま、プラントの運営が大幅に効率的になります。いずれにしても、大きなメリットが得られます。
例として、最近、「5-why」と名付けたイニシアチブを展開しているお客様がいました。このお客様のプラントでは、プロセスに発生した問題が着実に解決されていましたが、解決策に関する知識は失われていました。
初めて問題が発生したときに勤務中だったオペレーターは、問題を解決する方法を元から知っていましたが、他の人は誰もその方法を知りませんでした。そのため、再びその問題が発生したときには、問題が迅速に解決できませんでした。
これを解決するために、プラントで働く従業員は誰でもタグの関係を作成し、外部リソース(SOP、トレーニング、イントラネットページなど)をリンクし、そしてその後にその関係に簡単にアクセスすることができるようにしました。プロセスに関する知識を実践的に活用しています。
プロセス産業にとってのデジタルツインを使用することの恩恵
以上をまとめると、デジタルツインはさまざまな場面で活用する価値があることがわかります。多くのユーザーが、この利点を20年に渡って受けてきました。
デジタルツインの活用や効率的な運用によって、プラントはより低コストで問題を解決し、継続的な革新を通じてさらに大きな収益を上げやすくなっています。
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